このページは、東亜天文学会発行『天界』2003年4月号に掲載された「村上茂樹著:コメットハンターは生き残れるか?」のホームページ版です。



コメットハンターは生き残れるか?


(1) SWANの脅威


村上 茂樹 S. Murakami
(新潟県十日町市)       


1. 宇都宮氏からの深刻なメール
 「鈴木雅之さんのSWAN画像からの発見(C/2002 O6 SWAN)で、とても苦しくなってしまいました。生き残りできるものでしょうか。」

 昨年10月15日、宇都宮章吾さんから初めてのメールをいただいた。用件はC/2002 F1 (Utsunomiya) の発見に対してエドガー・ウイルソン賞のプレートが届いたのだが、英語が苦手なので私の分 (C/2002 E2 Snyder-Murakami) と合わせてマースデン氏にお礼のメールを書いて欲しい、というものだった。その件はお引き受けしたのだが、メールの最後に少し気になる上記の一文が添えられていた。
 ところで、SWANとは言うまでもなく太陽観測衛星SOHO1) に搭載されている測器の一つで、水素の出すライマン・アルファ線(紫外線)を観測する装置である。その観測画像はほぼ全天をカバーしており、ホームページで一般に公開されている。彗星はH2Oを主成分とするためにこの画像上で見えるのである。
 最初に上記の一文を読んだときには想像できなかったことだが、その次以降に受信したメールで、氏がSWANによる発見を極めて深刻に受け止めておられることを知った。

 「きょう『天文ガイド』の記者さんから、取材依頼がありました。新彗星など発見についてで、子供たちに方法や楽しさを伝えるものらしいのですが。SWANで、もう夢はないのではないか?と答えたのですが。村上さんの行っている大口径ドブソンニアンによる捜索は、暗い彗星を捉えることが出来る為、まだ可能性が高いだろうと思うのですが、どのように考えているでしょうか。
 SWANに対抗できるのか今悩んでいますが、わたしには比較的暗い空がまだあり、他に出来そうなことがないので、今しばらくは、15 cm双眼鏡でがんばってみようと思っています。」

2. 募る不安
 鈴木雅之氏のC/2002 O6発見に関する商業誌の記事は、確かに不安を募らせるものであった。すなわち、小島卓雄氏2) は、11等程度の明るさの彗星はSWANによって観測可能で、ほぼ全天をカバーするため、アマチュア捜索家にとってはますます厳しい状況になったことを感じる、と記述されている。また、吉田誠一氏3) は、「この1年間に眼視で見えた彗星はすべてSWANに確実に写っていることがわかったそうだ。(中略)『もう眼視では彗星は見つけられないのではないか』という声も杞憂ではないかもしれない。」と述べておられる。
 宇都宮氏はこれらの記事を読んで希望をなくされたのだが、私は当初、たいして気にとめなかった。なぜなら、次回述べるように私自身がLINEARに脅威を感じて一度捜索をやめてしまった人間なので、今さら鬼が出ようが蛇が出ようがどうでも良かったのだ。
 しかし、宇都宮氏からの相談を受けてもう一度謙虚な目で商業誌を読んでみると、事態はかなり深刻であると感じるのだった。そういえば、C/2002 O6の発見後、国内の彗星観測者メーリングリスト、comet-obsで彗星課幹事の佐藤裕久氏や吉田誠一氏がSWANで眼視発見前の彗星の多くが見えていた、という話題を取り上げておられたことを思い出した。 [図1 18インチ・コメットシーカーと筆者の写真]
図1 18インチ・コメットシーカーと筆者
 自分の捜索方法、機材(図1)はこれでよいのか?より暗いものを狙わないと、これからはダメかもしれない・・・。私は急に心配になり、具体的な対抗策の検討を始めた。
 (1):暗いものまで狙うには、低空を探すと不利になるので低空は切り捨てて高度の高い空をねらう。これはLINEARとの重なり(次回記述)を気にせずに可能である。(2):有効最低倍率では極限等級よりも1~2等明るいものしか見えないので、口径cm当たり約2倍まで倍率を上げる。(3):時間をかけてもより低光害で高標高の場所に出かける。標高が3000フィート(914 m)上がると0.5~1等暗い星が見えるとのことで4) 、これは経験とも一致する。
 今後の発見のためには、さらなる努力が必要なのである。SWANという技術革新の下にあって無駄な努力をしないためには、やむを得ない。宇都宮氏にもこの検討結果を伝えた。氏のメールからは、すぐにでも大口径を購入したいので詳細を検討したい、という強い意欲が読みとれた。
 口径、アイピース、架台、メーカー、望遠鏡の保守点検、捜索スタイル・・・。すべてについてお互いの経験を基に具体的な議論を交わし、SWANへの対抗策を練り上げようと模索の日々が続いた。
 某社から安価で高精度の大口径が販売されているが、鏡が薄く心配。ドイツ式赤道義を使って山崎式の架台にしようと思うが、鏡筒が重いと振動が心配。赤道義では鏡筒回転装置がないと使えないのではないか。市販されている超広角・長焦点のアイピースは各種あるが各々の評判はどうか。大口径は鏡にカビが生えやすくて対策が必要・・・等々。
 さらに、宇都宮氏は友人である工藤哲生氏(後のC/2002 X5 Kudo-Fujikawa 発見者)の35cm反射赤道義を実際に覗いてみて、具体的な検討を重ねておられた。

3. 素朴な疑問
 SWANに対する怯え・・・。疲れた。どうしたものか・・・。
 悩み続けていたある日、SWANへの対抗策のみに固執していた私の脳裏を、ふと素朴な疑問が走った。
 SWAN画像が公開され始めたのは最近のことではない。また、彗星がライマン・アルファ線を放っていることはC/1973 E1 (Kohoutek) のロケット観測以来、すでに良く知られている5) , 6)。また、昨年、鈴木氏の発見の前にSWAN画像によってC/1997 K2、C/2000 S5 が発見されている7)。太陽観測衛星SOHOに搭載されている測器は数多くあり、LASCO(コロナグラフ)が映し出した画像からは世界中のアマチュアが多くの彗星を発見しているというのに、彼らはこれまでなぜSWANに着目しなかったのか?
 SOHOを管理するNASAは、今までみすみすSWANが捕らえてきた眼視発見可能な明るい彗星を見逃してきたのだろうか?彗星発見はプロの業績としての評価が低いのか?本当にSWANは眼視発見可能な彗星を全部捕らえているのだろうか?・・・何か変だ。
 こう考えた私は、人の書いた記事ばかりに頼っていないで、自分でSWAN画像を調べてみようと思い立ったのだった。

4. SWAN恐れるに足りず!
 SWAN画像1) は黄道座標で表示されている。太陽観測衛星SOHOは地球から太陽の方向に約150万km離れたラグランジェ点にある。地球と太陽の方向はライマン・アルファ線の観測範囲外となっていて、それらの面積はそれぞれ約30×30度、約30×130度である。これ以外の天空は週に3回の観測が行われている。地上の観測では天候や緯度、月齢の影響を受けるが、SOHOはそんなこととは無関係にほぼ全天の彗星を映し出す恐るべき新兵器である。
 この新兵器は、眼視で発見された新彗星を本当に発見の前に捕らえていたのだろうか?2001年以降に眼視発見されたすべての新彗星について、SWAN画像で見えるかどうかを調べてみた。以下は私自身の調査結果、および鈴木雅之氏と佐藤裕久氏の調査結果(主にメーリングリスト comet-obsによる)をまとめたものである。
 なお、鈴木雅之氏とは、2002年東亜天文学会姫路大会(10月26~27日)で直接お会いして以降、この件についてご教示いただいた。

・ C/2001 Q2 Petriew (2001年8月18日UT発見)
 8月5日にはかすかに見えている。8月8日と9日には淡く見えているが、彗星と断定するのは難しそうである。8月14日と16日にはノイズ(またはライマン・アルファ線の発光)が多くある場所に位置し、判別が困難である。
・153P(C/2002 C1) Ikeya-Zhang
(2002年2月1日UT発見)
 1月5日の画像で確認でき、1月8日以降ははっきり見えている(図2)。

・ C/2002 E2 Snyder-Murakami (2002年3月11日UT発見)
 2月19日の画像でかろうじて見え、2月21日あたりから淡く見え出している。
[図2 SWANによる発見前の画像]
図2 SWAN画像による発見前
(2002年1月17日UT)の153P Ikeya-Zhang
右下の光芒はC/2000 WM1 LINEAR
2月28日前後が、淡いながらも割と見やすい。このころは明るいC/2000 WM1 LINEARの少し上に位置している。3月7日、9日の画像では一旦非常に見づらくなり、3月12日、14日の画像では、淡いながらも何とか分かる。2月28日前後が一番気づきやすいが、淡いので見つけても彗星とは断定し難い。

・C/2002 F1 Utsunomiya(2002年3月18日UT発見)
 発見時には太陽付近のデータの無い領域内だった。この領域境界付近に明るい光が出ても、彗星なのか、太陽のフレアのようなものなのか判別がつきにくい。発見後、4月7日にははっきり見えている。

・C/2002 O4 Honig(2002年7月22日UT発見)
 7月16日と18日にノイズと同じレベルの殆ど見分けのつかないような移動するシミがあるが、20日の画像では分からなくなる。25日の画像で急に明るくなっている。7月16日と18日の画像だけから見つけるのは無理だと思う。

・C/2002 X5 Kudo-Fujikawa (2002年12月13日 UT発見)
 SWAN画像は、12月15日の時点では11月13日まで、12月22日の時点では11月23日までしか公表されておらず、眼視発見前には見つけようがない。鈴木氏によると、11月13日頃の画像では見えないが、11月21日と23日の画像では移動するかすかな天体があるとのことだった。このころは、光度式から眼視で約10等だったと推定される。実際に画像を見てみると11月21日と23日の画像ではとても淡くて、この2枚の画像から発見できる望みはまずない。

 以上の結果から、2001年以降に眼視発見された6彗星のうち、私の目で見て発見前にSWANで発見可能であったものは153P Ikeya-Zhang のみであったとの結論に達した。観測範囲外だったC/2002 F1 と、発見直前の画像がまだ見られないC/2002 X5 を除いても、眼視発見前に見つかった可能性のあったものは4彗星中1個(153P)だけなのである。
 では、月刊天文の小島氏2) や月刊星ナビの吉田氏3) の記事は何だったのか?もちろん虚構ではない。確かに多くの彗星が発見前に「見えていた」のだ。しかし、それは発見できるということとは別なのである。
 私の考えでは、これは観測者としての見方と、捜索者としての見方の違いであると思う。彗星の位置を知っていてそれが見えるかどうかを調べることと、未知の彗星を発見することとは全く別なのである。これは眼視であろうと、写真であろうと、SWAN画像であろうと同じなのである。
 SWAN画像はノイズあるいはライマン・アルファ線の発光が多く写っている。それらは時間とともに消滅、または新たに出現するため、153PやC/2002 O6のように明らかに彗星であると判定できるものを除くと、見えていても彗星であるかどうかの判断が難しい。また、ライマン・アルファ線で見た「等級」と眼視等級とは当然異なる。眼視発見できるものがSWANで見えるとは限らないのである。
 「SWAN恐れるに足りず!」10月20日、私はこう題したメールを宇都宮氏に送信したのだった。

5. 宇都宮氏からの返信より
 だいぶ気が楽になりました。『月刊天文』10月号の小島さんの記事と、『星ナビ』11月号の吉田誠一さんの記事で、かなりの人が捜索から撤退するのではないでしょうか。
 あす、『天文ガイド』の竹本さんらが、こちらに取材にきますが、私は、次のように述べようかと考えています。
 「私は、いま、新彗星発見に燃えています。」
 眼視による新彗星捜索について、LINEAR、SOHO、そして、鈴木さんのSWANによる発見で、「え、まだ、捜索をやっているの、生た化石だね。」と、おっしゃる方も、おられると思いますが、難しくなったものの、その可能性がないとは言えないと思います。結果は、3~5年経ってからしか言えない事です。SOHOのLASCO、SWANは、いつまでも動き続けませんので、後継機は今のよりさらに高感度、高画質のものになり、益々眼視による捜索は難しくなると思います。そう考えると、メシエ以来続いてきたアマチュアの新彗星発見の夢は、もう数年しか追えなくなります。今がラストチャンスなのです。自分の器材と、眼(まなこ)を信じたいです、と。

つづく


謝辞
 本稿をまとめるにあたり、個人的なメールでのやり取りの内容を掲載することを快諾下さった宇都宮章吾氏、彗星観測者メーリングリストcomet-obsに掲載された内容を引用することを承諾下さった鈴木雅之氏と佐藤裕久氏に感謝します。

引用文献
1) http://sohowww.nascom.nasa.gov/ SOHOホームページ
2) 小島卓雄 2002:月刊天文10月号、pp. 38-40、地人書館
3) 吉田誠一 2002:月刊星ナビ11月号、pp. 38-39、アストロアーツ
4) O' Meara, S. J. 2000: The Messier Objects, pp.29-32, Cambridge University Press
5) Opal, C. B., Carruthers, G. R., Prinz, D. K., and Meier, R. R. 1974: Comet Kohoutek: Ultraviolet images and spectrograms, Science, 185, pp. 702-705
6) Feldman, P. D., Takacs, P. Z., Fastie, W. G., and Donn, B. 1974: Rocket ultraviolet spectrophotometry of Comet Kohoutek (1973f), Science 185, pp. 705-707
7) 東亜天文学会 2002: ライマン-アルファ輝線調査で発見された彗星、天界、83 (926), p. 442


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