入局


 医学部を卒業し、国家試験(四月頭)に合格(五月末発表)すると六万円の印紙を貼り付けて申請し医師免許を取得する。できあがった免許証は保健所へ受取りに行かねばならない。

 その前に進路を決めねばならない。医学部卒業生の八割は任意の大学(劣等生でも東大へいけるのだ)の医局(第一内科とか第二外科とか耳鼻科とか、、、)へ進む。残りは厚生省だか文部省だかが「臨床研修の場」にふさわしいと認定した病院へゆく。

 耳鼻科だけで毎年十名以上入局するという大阪市内のとある大学、ここはわけあって最初から避けていたのだが、精神科へ進むという友人がこの大学も見ておきたいというので付き合ってやった。

 当の精神科だったか耳鼻科まで足を伸ばしたか記憶が定かでないが、ロッカールームでボソッと喋った若手医局員の言葉が印象的だった。

「止めといた方がいいよ。僕は Y 大出やけど、ここでは一握りの本学出身者が幅を利かせていてよそ者は冷や飯を食わされる。学内出世なんてとんでもない、二三年経ったら外の病院へ研修に出ることになるがそれすら設備の整った立派な病院は本学出身者が占めていてよそ者は一人勤務とか開業医の手伝いとかばっかりや」

 おおかたの医局では合格発表後から働けということになってるが一部には厳しくも国家試験が終わり次第出勤せねばならないところもある。母校の耳鼻科がそうであった。勿論免許がないから雑役以外の仕事はさせて貰えないはずである。近頃は卒業した医学生を少しでも早くから働かせようと、国家試験の時期が随分繰り上げられたそうだ。

 私は某医学部の耳鼻咽喉科に入局することになった。国家試験が終わるとめぼしい大学を見学してまわり、教授に会ったりしていわゆる内定とでもいうのか入局させてくれることを確認する。いつから働けばいいのか、その他事務的なことも少しは聞いておく。

 形式ばかりの入局試験があり、入局先教授以外に二名の教授が出てきて相対し面接である。このとき待合で隣だった N さん、現在○島○療○ン○ーで○科をやっているはずだがお元気ですかあ。またお会いしたいものです。

 全国には九十弱の医学部があり、耳鼻科へ進む者は一学年で二百数十名であるから平均すれば一大学あたり三名となる。その年の入局者数はそのまさに平均である三名。

 入局して驚くのは低収入である。私達三名の場合、非常勤職員の肩書きで健康保険証こそ支給されるものの給料は日額(すなわち日雇いである)五千円弱、月額およそ十万円だった。医学部は六年制であるから卒業すると自動的に修士である。

 四年制の大学を出た連中の初任給が当時約十四万円、さらに二年勉強して修士課程を終えた連中が十六万円だった時代だから世間一般の六割程度しか貰っていないことになる。交通費の支給があったかどうかは忘れた。

 私学の医局に進めばどこからか支給される三万円程度をそっくり「医局費」の名目で持って行かれ、手元に何も残らない。「三年目からバイトが与えられるからそれまでは親のスネをカジってろ」ということである。

 卒業直後で役に立たない研修中の身とはいえ、、、うぬ、だんだん腹が立ってきたぞ。


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