臨床医学


 四年生になると臨床医学つまり病気のことを学ぶ。メインは内科で講義時間も最も長い。呼吸器、消化器、循環器、血液学、神経学などとその分野は多岐に渡る。

 内科の面白いところはいちいち理屈があるという点である。例えばバセドウ病では甲状腺ホルモンが下垂体の命令を無視して過多に分泌されるため、甲状腺ホルモンを出す命令役の下垂体ホルモン・TSH がネガティブフィードバック(甲状腺ホルモンがたくさん出ているからこれ以上出せと命令する必要がない)によって減少する。従って血液検査で甲状腺ホルモンが多く、TSH が少なければバセドウ病と診断されるといった具合である。

 生理学と同様、基本さえつかめばあとは理屈を辿って理解できるので「医学は記憶の学問である」というのは間違いである。ところが実際の臨床では理屈どおりにいかないもので、町医者が苦労することになる。とにかく学生にとっては内科が非常に学問らしくみえるものだから卒業後も内科へ進むやつが多い。次に多いのはやはり外科か。後述するマイナー系では総論らしきものがなく、皮膚科に至っては病名の羅列、しかも読めない漢字ばかりであり。どういう理屈でそんなこと病気になるのか、無視しているわけじゃあるまいが参考書に記載がほとんどない。学問的に面白くないというので卒業後そちらへ進むやつは少ない。

 しかし内科へ進んだ連中には内科しかできず、まあ循環器だの神経学だのに進んでその道のスペシャリストとなれば重宝されるけれども連中に中耳炎の診断、治療はできず鼓膜すら見えず耳垢などとても取れない。耳鼻科医は他科の連中にできぬ診断、治療ができるしさほど複雑でなければ内科的疾患の診断、治療もできる。耳鼻科の話ばかりで恐縮だが他のマイナーにもこれは当てはまる。マイナーはすべてスペシャリストなのだ。

 駆出しの頃、バイト先へ向かうとき同じ電車に乗り合わせた、とある内科の助教授が「君は耳鼻科か、スペシャリストはええなあ。わしらなんぞ開業したら一般内科以外できんもんなあ」と嘆息していた光景を思い出す。

 医学の基本は内科なので試験が迫らない限り通常は内科を勉強することになる。僕など自慢ではないが酒は飲めぬし麻雀のやり方を知らない。運動部に所属しているわけでもなく時間を持て余す。ボーッとしていてもしょうがないので毎日二、三時間は内科書を読んでいた。普段から勉強していると試験中に徹夜などしなくて済む。大半の連中が徹夜で眼を腫らして出てくるに引き替え、僕はまず夜中の二時以降起きていたことがない。あるときアート・ペッパーのコンサートがあってこれが試験の前日。聴きに行ったのは僕独りだけだった。わはは。

 さて、対照的なのが外科。

「内科の連中、血やら小便やらうんこまで調べてぐだぐだ言うとるが、時間の無駄じゃ。切ったら分かる!」

 講義にやってくる講師連中の体型も不思議に対照的である。内科医は栄養失調の如くやせ細り、青白い顔をしたのが背広の上に白衣を着て小さい声でぼそぼそ喋り、陰気くさい。外科医は冬でも半袖(いわゆるケーシータイプ)、ズボンまで同じ生地の白衣を着ている。大柄で色黒く、品のないどら声を豪快に張り上げ内科医をバカにするのが面白い。学生を笑わせるのも外科が得意である。

 しかし基本はやはり内科であって診断の結果手術が必要となれば外科の出番となるわけだ。勿論医学部の卒業生はすべての科目を勉強しているから、内科の診断を待ってから外科が登場するわけではない。専門分化が進んだ現在では各科が必要に応じて診察、検査し、最終的に最も適した治療を行える診療科へ回ることになる。あるいは複数の臨床科が共同でオペをすることも珍しくない。

 臨床科を大きく分けるとまず内科と外科。外科から派生したのが産婦人科、耳鼻科、眼科、皮膚科、泌尿器科等々、、、、その他が内科よりの派生。内科医がメスを使わないわけではないが、概ねメスを使うか使わないかで内科系、外科系の区別が付く。

 産婦人科の講義は性ホルモンの生理が非常に理論的・内科的であり勉強も面白い。各論になるとどの科目も似たり寄ったり。あまり面白くない。


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