臨床実習・救急


 五年生では臨床実習というものがあり、五~六名一組となった学生が各臨床科に二週間づつ滞在する。

 E 君、I さん、K 君、N さん。みな元気にしてるかー?

 最初に回ったのが麻酔科と三次救命救急センター。いずれも強烈な印象が残っている。どちらが先だったかよく覚えていないがまずは救命救急センターのことを書く。

 三次救急とは「いかなる病態にも対応できる」臨床施設のことである。二十四時間稼働であるが働く人間は適宜交替する。

 因みに一次医療:町の診療所(乏しい設備で診断、治療する) 二次医療:総合病院(CT なんぞがあって詳しい所見が得られる) 三次医療:なんでもあり

 施設内は「医学的」清潔に保たれ、ベッドに横たわる患者には心電図、呼吸器、点滴その他諸々の器械類がくっつけられてモニターでその様子を見ることができる。血圧や脈拍が異常値を示せば警報が鳴る。

 学生も医師と同じく下着以外全部着替え、マスク、帽子で身をかためる。病院内を歩いている学生がいかに白衣を着ていようと顔つきですぐ本物の医師でないと分かることを僕は卒業してから発見したが、このときの僕たちはどうだったか?

 さて、搬送されてくる旨電話がかかると緊張して準備にかかる。やがて救急車のサイレンが聞えてくるとストレッチャーはじめ諸々の器械が用意され、数名の医師、看護婦、オマケの学生が搬送口で待ちかまえる。

 救急車からセンターに入った患者はストレッチャーに移され、数人がかりの医師がその場で静脈確保、動脈血採取、血圧計やらなにやらくっつけてデータを取る。文字どおりの検査漬けである。大抵の患者は意識を失っているから「いつ頃からどうしました?」と聞いても返事はなくどんな病気なのか見当もつかずしかも時間を争う状態なのだから仕方がない。

 すぐにでも死にそうならあるいは既に死んでいるようなら気管内挿菅、心マッサージ、電気ショックなど蘇生術が施される。無事生き返れば血圧・脈拍を正常に保つべく薬剤を使用しつつ、必要に応じてレントゲン、CT 等にまわり、やがて診断がつけば専門の診療科が治療を開始するわけである。交通事故で頭を打ったとか家族の話から脳出血らしい等々、少しでも情報があれば大いに有利である。

 各臨床科病棟のうち死亡率が最も高い。死にそうな患者ばかり集まるのだから当然である。

 張りつめた空気の中で要領よく仕事をこなし、一仕事終えてホッとする間もなくまた次の救急車がやってくる。

 初期に回ったためもあろう、麻酔科と共に最も印象の強かった臨床科である。そこで仕事をしている医師がぼそっと言った。

「ここでの仕事は君らが考えてるほど難しくないよ。血圧が上がれば下げ、下がれば上げる。呼吸が弱くなれば人工呼吸。尿が出なくなれば利尿剤。専門医による診断、治療方針が決まるまで死なせずにおく。それだけのこと」


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