No.062 <大峰>無双洞ルート
1994.07.02.Sat.晴れ
1350 一旦帰宅して家族全員で出発する。
1630 和佐又ヒュッテ着。荷物を下ろす前に皆で和佐又山に登る。
【和佐又山頂上】
小普賢岳の特徴的な卵形が印象的である。長男が元気なので、明日連れて登ろうかと考えた。ヨメは遅く長男にすら着いて来られない。
18 時過ぎの外気温はなんと 26℃。標高 1160m でこの温度とは!下界はどんなに暑いことだろうか。
2100 明日に備えて早目に眠る。
1994.07.03.Sun.晴れ
メンバー:長男(4 歳 7 ヶ月)
0500 起床 小普賢岳はよく見えるが大普賢岳頂上はガスに巻かれて姿が見えない。今日のルートは未定。朝食を済ませて出発の準備。早く起きたので大普賢岳ピストンだけではもったいない気がする。それに大普賢岳からの険しい下りは子連れでは苦しいかとも考える。
0605 とにかく出発 重いカメラを詰めて空荷の長男と歩き出す。荷物は 12Kg くらい。和佐又山の鞍部を過ぎて指弾の窟までは緩斜面の登りが続く。長男に合わせていつもの 6-7 割のペースで歩く。やがて日本岳南壁の下に沿って進む。
0700 笙の窟 このあたりで一番立派な窟である。水を頂く。賽銭箱を見つけた長男がカネを出せとせがむがあいにく財布はヒュッテで待つヨメに預けてある。長男は極めて不満気である。
この辺りから露岩や鉄梯子の続く険路となるので 6 ミリロープを出し、お互いの胴回りにもやい結びで結びつける。鉄梯子が現れると長男は大喜びでどんどん登っていく。私は長男が落ちてきても確保できるようすぐ後を注意深く進む。「梯子はまだぁ?」などとブーたれつつ歩いている。木道や鎖が出てくると喜んでいる。
0725 石の鼻 今回は展望がよい。ここは 3 度目であるが、景色が見えたのははじめて。
0730 発 長男は例によって鉄梯子や木道に狂喜しながら歩いている。
焚火跡でちょっと立ち止まり、さらに登る。お目当てのオオヤマレンゲがちらほらと見え始める。殆どはピンポン玉くらいの開き始めたつぼみ状態で、よく探すとしっかり開いた花が見つかる。同じ株にやや赤っぽい花があるがよく見るとしなびた感じである。オオヤマレンゲは変色してから枯れ落ちるのだろうか。
【オオヤマレンゲの蕾】
0838 大普賢岳頂上 ガスが流れ、時折下界が見え隠れする。山上ヶ岳から来たという人や弥山から洞川を目指すテント泊の人など結構賑やかである。山頂付近にはオオヤマレンゲが見あたらないのでカメラを持って今しがた登ってきた北斜面へ少し降り、パシャパシャ撮る。
0915 発 今から同じ道を降りるともったいないなあと思う。エアリアマップをいい加減に見ていると和佐又から大普賢岳まで 3 時間となっているが実際には 4 才児でも 2 時間半で登ったからコースタイムは余裕を持って記されているのだろうと考えた。してみると、ここから七曜岳までの 1 時間 15 分は単独なら 1 時間以内、長男でも 1 時間半あれば行けるだろうし稜線歩きだから大普賢の急斜面を和佐又まで下るよりは安全だろうと考えた。七曜岳からの下りの後は平坦なトラバースだからこれも楽だろうと思った(これらすべてが大間違いであった)。
早速南へ向かう。いきなりの急降下にびっくりする。うーむ... ここからの尾根道は両側に花の終わった石楠花が大群落をなしている。一輪だけ咲いているのを見つけた。花期にはさぞかし壮観であろう。割合に平坦な道もあったがちょっとしたピークはすべて急峻で鎖がかかったりしている。崖っぷちを鎖に掴まりながら通過するトラバース道もあったりして子連れの身には結構神経を使わされる。
七曜岳までの途中に国見岳があるはずだが、書物によると七曜岳を国見岳と称したりややこしいらしくてひょっとすると国見岳の表示はないかも知れないなどと勝手に考え、時計だけ見てそろそろ七曜だろうと思って登り切った山がなんと国見岳だった。まだ 2/3 程度しか来ていない。がっくりきた。予想以上にペースが遅い。今日は 19 時からマンションの理事会があるので、欠席すると理事長にされてしまうかも知れない。遅くとも 15 時までには帰途に就かねばならないのである。ヒュッテで待つヨメには 14 - 15 時迄には降りると言ってあるから遅くなると無用の心配をかけることになる。このあたりから精神的なプレッシャーを感じ始める。
和佐又側の展望が開け、大普賢、小普賢、日本岳がよく見える場所で小休止、鉄梯子を急降下してまた急登を行くとようやく七曜岳に着いた。
1125 七曜岳(1584m)うーむ、大普賢岳から 2 時間 10 分か、うーむ。
【七曜岳にて】
展望抜群。振り返れば今歩いてきた稜線が見える。この稜線、和佐又側は大絶壁が続いている。
突然長男が「ウンコ!」その辺でやれと言うとズボンとパンツを全部脱いでおっぱじめよった。「パパーッ、下痢だったよ!」何を嬉しそうに、、、カレーを食べているハイカーが「おいおい、おっちゃんはカレーを食べてるんやで」平謝りに謝る。
先ほどからおなかが痛いと言ってたが、悪いものは食べていないし、胴回りのロープがいけないのかも知れない。あるいは険しい山道のせいで神経性の下痢をきたしたのかも知れない。とはいってもこの険しい山道でロープを外すわけにはいかない。長男はジュースも飲まずミカンの缶詰にも手を出さない。うーむ、ヤバいなあ。これまで絶えず飴を嘗めさせつつ来たのでよかったのだろうが、少しでも飲んで食べておかねばいけない。こうなった以上は一刻も早く安全に下山せねばならない。
1215 発 いきなりの鎖場を下り、すぐ無双洞方面への分岐。ここから下を見てあまりの急斜面に驚いた。長男は底のフラットな運動靴なのでよく滑る。手をつないで急ぎ気味に歩くが、腹が痛いうえにオーバーペースで引っ張られるのが辛いらしい。とうとう泣き出した。また、この急斜面の長いこと!いつまで経っても目的の沢(無双洞の近く)に達しない。高度計はどんどん下がるのだが... 道を間違えたのではないかと青ざめつつもとにかく「ここまで分岐はなかった。これでいいのだ」と歩き続ける。途中長男は 2 回ほど下痢をぶっこいた。あまりに腹が苦しそうなのでやむを得ずロープを解除したら元気になった。やはりロープがいけなかったようである。水の流れる音が聞こえてくる。おお、、、
水量の多い沢を横切る。ちょうどいいので水を掬って飲む。急に元気になった長男は水を掬っている場所の向こうの岩に飛び移り、「パパーッ、僕ここに登れるよ」などとふらつきながらはしゃいでいる。岩のすぐ向こうは滝である。思わず怒鳴りつけ、ひっぱたいて登山道に戻す。胸がどきどきしている。長男も事の重大さに気づいたのかどうかわからないけれども、いつもなら叩かれてすぐ泣くのが今は泣かない。「ごめんなさい」と謝っている。悪いのはこんな所に引っ張ってきたバカ親父なんだが... 無双洞周辺は階段や道も途切れたり崩れたりして相当な悪路である。
1430 大きな岩の麓に出たので一休みする。長男はそろそろ気力が失せたようである。2.5 万図をよくよく見ると、水平だと思っていたここから先のルートは結構登降がある。高度計は 985m を指しているが目的の和佐又ヒュッテは1160m であり、その前に和佐又山の鞍部(1250m くらい)を通過せねばならない。しかも今休んでいる場所からいきなり標高差 100m の直登があるではないか!あと 30 分で帰れるわけがない。もう遅刻は構わないからとにかく無事に帰ることだけを考える。
1450 発 鎖や梯子のかかった岩登り風の登山道を登っていく。長男はこういう場所では文句を言わない。ジャングルジムの感覚なのだろう。足だけで歩く道が嫌いなようである。いつ現れるとも知れない和佐又山の鞍部に向かってただゆっくり歩く。ようやく平坦な道になってきた。長男のペースは私の半分にも満たない。もう危険個所はないので抱っこすることにした。ここへ来てのプラス 18kg は苦しい。
右手に和佐又山が見えてきた。おお、間もなくか!大いに安心する。ヒュッテ前に出る最後の直線階段に踏み込むとヨメが待っていた。おーい、無事帰ったぞ。スマヌ。ワルカッタ。七曜岳で一緒になった京都のご夫婦が「バテた子供を連れた人がいた。私らより 1 時間半くらい遅れるだろう」とヒュッテの奥さんに伝言してくれていた。実際には 2 時間遅れた。ヨメはこれを聞いていたので事故の心配はあまりしなかったろうと思う。京都のご夫婦に感謝。しかし今日の私の行動はまったくもって謹慎ものであった。
1610 和佐又ヒュッテ着
歩行時間 0813
休憩時間 0152
合計時間 1005
反省点の多い山行であった。
1. 知らないルートを子連れで歩くべきではない。特にこのルートは厳しかった。4 才児には無理である。
2. 知らないルートなら事前にマップをもっとよく見ておくべきだった。
3. よかれと思ったロープでの確保が長男の腹痛を招いた。簡易ハーネスを使用すべきだった。
4. 当初の目的であるオオヤマレンゲを見た後はさっさと下山するべきだった。中途半端に早起きして欲張ったのが災いの元となった。
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