摂動 — 一般相対論効果
相対論効果を切ったときだけ、
イカルスに非重力効果が現れる。
(1566) イカルスは近日点距離 0.19 AU の小惑星です。コマも尾も持ちません。 その1950観測を、相対論効果と非重力効果の入切で四通りに解きました。 非重力パラメータ A₁ は、相対論効果を切ったときにだけ50倍に膨れ、符号が負に転じます。
同じ観測、同じリジェクト基準。違うのは摂動の中身だけ。
1949年から2025年までの1950観測を、二つのスイッチの入切で四通りに解いた結果です。
| 相対論効果 | 非重力効果 | 採用観測数 | 平均残差 | A₁ (10⁻⁸ AU/日²) | 読み |
|---|---|---|---|---|---|
| ON入れる | OFF解かない | 1381 | 0″.69 | — | これが正しい非重力効果を使わずに全期間へ合う。 |
| ON入れる | ON解く | 1412 | 0″.67 | +0.0003 | ほぼゼロ解かせても A₁ は出てこない。残差もほぼ変わらない。 |
| OFF切る | OFF解かない | 488 | 1″.2 | — | 解けない1950観測のうち2割5分しか残らず、解が一意に定まらない(表2)。 |
| OFF切る | ON解く | 1411 | 0″.67 | −0.0152 | よく合うが誤り残差は最上段と並ぶ。だが A₁ が50倍、しかも負。 |
A₁ は、相対論効果を切ったときにだけ現れます。50倍に膨れ、符号は物理的にありえない側を向きます。
順に読むと、何が起きたのかが見えます。
相対論を入れれば、非重力効果は要らない
重力だけで1381観測・平均残差 0″.69。近日点距離 0.19 AU の天体が、全期間にわたって素直に収まります。
解かせても、A₁ は出てこない
そのうえで非重力効果を未知数に加えると、A₁ = +0.0003(10⁻⁸ AU/日²)。ほぼゼロで、符号は正です。平均残差も 0″.68 から 0″.67 にしか動きません。イカルスに非重力効果はない、という当たり前の答えが返ってきます。
相対論を切ると、軌道が決まらない
採用できたのは1950観測中488個。7割5分が棄却されます。近日点距離の小さい天体では、相対論効果は補正ではなく、入れないと式が成立しない項です。
そこで非重力効果を解かせると、きれいに合ってしまう
1412観測・平均残差 0″.67。最上段の正しい解と並びます。ただし A₁ = −0.0153。相対論を入れたときの50倍の大きさで、符号は負です。
V1 でこの解を得ていたら、「小惑星なのに非重力効果が有意に検出された」と書いていたはずです。残差は下がり、疑う手がかりが数字の中にありません。
相対論を切ると、雲が丸ごと持ち上がります。
全1950観測の残差を、観測日を横軸にとって並べました。上は相対論効果を入れた解、下は切った解です。 どちらも非重力効果は解いていません。濃い点が採用された観測、薄い点が棄却された観測です。
数値で見る(期間別)
| 期間 | 観測数 | ON 中央値 | ON 採用 | OFF 中央値 | OFF 採用 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1949–59 | 50 | 1.28″ | 36 | 7.13″ | 6 |
| 1960年代 | 589 | 1.75″ | 345 | 2.33″ | 266 |
| 1970年代 | 10 | 1.28″ | 9 | 1.31″ | 6 |
| 1980年代 | 58 | 1.53″ | 41 | 5.07″ | 16 |
| 1990年代 | 109 | 1.22″ | 97 | 10.38″ | 21 |
| 2000年代 | 75 | 0.58″ | 67 | 3.32″ | 18 |
| 2010年代 | 367 | 0.41″ | 344 | 10.51″ | 25 |
| 2020–25 | 692 | 0.95″ | 442 | 4.44″ | 130 |
しきい値を絞っていくと、一本だけが落ちます。
軌道改良は、残差の大きい観測を段階的に外しながら収束させていきます。 リジェクトのしきい値を 999″ から 2″ へ絞っていく同じ手順を、四つの条件すべてで踏みました。 各段で[手動]改良を2回ずつ。作業ログから拾った数字です。
数値で見る(全四条件)
| しきい値 | ON・非重力OFF | ON・非重力ON | OFF・非重力ON | OFF・非重力OFF | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 初期 | 1928 | 20.265″ | 1928 | 20.251″ | 1928 | 20.251″ | 1928 | 21.172″ |
| 100″ | 1909 | 3.611″ | 1909 | 3.596″ | 1909 | 3.596″ | 1909 | 7.517″ |
| 50″ | 1907 | 3.008″ | 1907 | 2.990″ | 1907 | 2.989″ | 1906 | 7.171″ |
| 25″ | 1898 | 1.986″ | 1898 | 1.961″ | 1898 | 1.959″ | 1852 | 5.333″ |
| 8″ | 1878 | 1.779″ | 1878 | 1.751″ | 1878 | 1.749″ | 1528 | 3.269″ |
| 4″ | 1691 | 1.186″ | 1692 | 1.141″ | 1693 | 1.141″ | 946 | 1.958″ |
| 3″ | 1562 | 0.943″ | 1580 | 0.919″ | 1580 | 0.916″ | 758 | 1.470″ |
| 2″ | 1381 | 0.691″ | 1412 | 0.668″ | 1411 | 0.665″ | 506 | 1.009″ |
100″ の段までは、四条件とも1909個で並びます。分かれるのはそこからです。 8″ で1878・1878・1878に対して1528。4″ で1691・1692・1693に対して946。 そして通常の軌道決定で使う 2″ では、1381・1412・1411 に対して506。
注目すべきは、崩れなかった三本の中に間違った解が混じっていることです。 相対論を切っても、非重力効果を解かせれば、正しい解とまったく同じ足取りで収束していきます。 非重力パラメータが、切り捨てた相対論効果を毎段ぶん吸収し続けるためです。
平均残差の段も同じことを言っています。四本とも 20″ 台から 1″ 付近まで下がり、 「順調に収束した」ようにしか見えません。目に見えて壊れるのは、誰も発表しないような、 明らかに破綻している解だけです。
危険なほうの解は、途中経過を見ていても見分けがつきません。崖が出ないことは、正しさの証拠になりません。
同じ手順でも、同じ解に戻りません。
薄皮を削るようにぎりぎりの観測を外し続ける状態では、[手動]ボタンを何回押したか、どの段で一回多く押したかで、 外れる観測が変わります。相対論効果の入切それぞれについて、同じ順序で解き直した結果を並べます。
| 条件 | 実行 | 採用観測 | 平均残差 |
|---|---|---|---|
| 相対論 OFF | 1 回目 | 479 | 1″.8 |
| 2 回目 | 389 | 0″.99 | |
| 3 回目(操作ログ) | 506 | 1″.009 | |
| 4 回目 | 488 | 1″.2 | |
| 相対論 ON | 1 回目 | 1372 | 0″.68 |
| 2 回目 | 1381 | 0″.69 | |
| 3 回目 | 1381 | 0″.69 |
相対論効果を入れた2回目と3回目は、観測1個の違いもなく一致しました。 1950観測すべてについて、採用と棄却の判定が同一です。手順の違う1回目とのあいだでも、 入れ替わったのは25個だけで、軌道要素は印字されている桁の範囲で完全に一致します。
相対論効果を切ると、そうはなりません。採用観測は389個から506個のあいだで揺れます。 2回目と4回目を観測ごとに突き合わせると、1950個のうち417個が採用と棄却の間で入れ替わっていました。 同じ観測に 22″.8 と 0″.7 という残差が付くことさえあります。軌道要素も、近日点距離で509キロメートル、 近日点通過時刻で41.5秒ずれます。形式誤差に対しては24〜57倍です。
次の表2で見るように、「相対論を入れた正しい解」と「非重力もどきの解」の差は形式誤差の8〜49倍でした。 相対論を切った解は、ボタンを押す回数が違うだけで、それと同じかそれ以上に動きます。
揺れているのは、相対論効果を切ったからです。あの解は間違っているだけでなく、同じ手順を踏んでも同じ答えに戻りません。
「非重力もどき」は、どこまで相対論を吸収したのか。
相対論 ON の解から、相対論 OFF + 非重力効果の解を引きました。実用上の差はほとんどありません。 近日点距離で47キロメートル、近日点通過時刻で10秒です。
| 軌道要素 | 差 | 形式誤差の何倍 | 実用単位 |
|---|---|---|---|
| 近日点通過時刻 T | +1.18×10⁻⁴ 日 | 48.8 | +10.2 秒 |
| 軌道長半径 a | −2.67×10⁻⁷ AU | 45.5 | −39.9 km |
| 近日点距離 q | −3.11×10⁻⁷ AU | 9.2 | −46.5 km |
| 離心率 e | +2.46×10⁻⁷ | 7.8 | — |
| 近日点引数 ω | −2.80×10⁻⁷ rad | 0.07 | −0.058″ |
| 昇交点黄経 Ω | +5.60×10⁻⁸ rad | 0.03 | +0.012″ |
| 軌道傾斜 i | +9.01×10⁻⁸ rad | 0.01 | +0.019″ |
この表だけは、高精度の再現用ファイルが揃っている別回の解(採用1373 / 1406)から算出しています。形式誤差は相対論 ON の解のものです。
軌道面の向き——ω・Ω・i——は形式誤差の0.1倍以内で一致しました。ここでは両者を区別できません。 一方で軌道の大きさと時刻にあたる a・T は形式誤差の46〜49倍、q・e は8〜9倍ずれています。
非重力効果のふりをしたパラメータは相対論効果をほぼ吸収しましたが、完全にではありません。 A₁ が持つ距離依存性と、相対論効果の距離依存性が違うためです。 ただしこのずれは、実用上は近日点距離で47キロメートル。平均残差には現れません。
誤差の尺度では明確に違う二つの解が、残差では見分けられない。見分けたのは符号でした。
向きを見れば分かります。
A₁ は動径方向の非重力加速度で、マースデン (1973) の規約では太陽から外向きが正です。 氷が昇華すればガスは太陽側へ噴き出し、その反動で天体は外向きに押されます。だから彗星の A₁ は正になります。
数字が「合っている」ことと、「正しい」ことは別です。
OrbitLife は V2 から、摂動計算に一般相対論効果を含めています。天体の種別で切り替えるのではなく、常に入っています。 近日点距離の小さい天体では、これを欠くと軌道そのものが決まらず、非重力効果を解かせれば、存在しないものが現れます。
それでも、最後に判断するのはソフトではありません。OrbitLife は観測に対して数学的にもっともらしい解を返すだけで、 それが天体として現実にありうるかどうかは関知しません。この一件で解を退けられたのは、 A₁ の符号が物理的にありえないと気づいた人間の側です。
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再現に必要な条件。
| 対象 | (1566) Icarus = 1949 MA |
|---|---|
| 観測 | 1950 obs / 1949 June 27 – 2025 Aug. 18 |
| 元期 | 2025 Sept. 2.0 TT = JDT 2460920.5 |
| 軌道要素(相対論 ON) | q = 0.1864985 AU e = 0.8269999 ω = 31°.43697 Ω = 87°.95296 i = 22°.80375 a = 1.0780253 AU |
| 摂動 | 惑星摂動あり / 5小惑星は含めず |
| 積分間隔 | 0.0625 日 |
| リジェクト基準 | 1800年以降 2″ / それ以前 3600″ |
| 非重力モデル | 水氷(マースデン Type II) / A₃ は解かず |
| A₁ の単位と符号 | 10⁻⁸ AU/日² / Marsden, Sekanina & Yeomans (1973):太陽から外向きを正 |
四条件とも同一の観測ファイル・同一のリジェクト基準で解いています。採用観測数の差は、収束後に基準を満たした観測の数です。